人生

やっていきましょう

568日目

第二章の終盤がどうしてもうまく表現できない。これまでも言及してきたが、ストーリーの改変を年単位の異なる時間で何度も行ってきたために、統一性が失われ、一貫したストーリーを描けなくなってしまっている。無理に改変しようとすると、後続のストーリーに矛盾をきたすことになり更に厄介なことになる。

後続のストーリーとの間に矛盾が生まれず、かつ異なる時間に生み出されたストーリーをどのようにうまく整合させるかという点に数日間悩み続け、未だに完成に至っていない。

特にストーリーの重要な方針を決める部分についてほとんど思い付きで話を進めたことを激しく後悔している。この部分が無ければ1日で簡単に完成するのだが、この部分があるために、安易に置き換えたり省いたりすることができなくなっている。

今日はこの問題について考える。結論から言えば問題に対してある一定の解決策を見出した。今すぐ作業に取り掛かるべきだが、思考を整理するためにも一旦記録をつけて確認することにした。

2章終盤の問題を整理していく。終盤には4つのシーンが用意されており、それぞれ独立した話でありながら、無理矢理ひとつの流れに落とし込まれている。だから1つ目のシーンの次が2つ目のシーンである必然もなく、3つ目のシーンのあとが4つ目である必要もない(とはいえ4つ目は必ず4つ目である必要がある)。

先日この部分を開いて確認したところ、この5年の間にどうにかこの問題を解決しようとした苦心の跡が見られた。昔の自分はよく頑張っていたが、それでも解決できなかったので、何となく誤魔化して丸投げにしてあった。

一番の問題は1と3の間に2が割り込まれていることだ。本来ならば1の後に3がくるはずだったものが、どういうわけか2の後に3が来ていることになっている。そのため、なぜ2の後に3が来るのかという演出を納得の行く形で行わなければならなくなっている。

これが本当に難しい。本来であれば2は余計な展開なのだ。5年前の開発当初は1が2章の見せ場だった。しかし自分は浅はかにもストーリーを一捻りしようとして3の前に新たな見せ場である2を配置することを思いついた。

だがそうなると2の次に3が来る理由がまったく分からなくなる。そこで3を無理矢理改変し「新たに3の問題が降りかかってきたために、2の問題は一旦置いといて、まずは3を解決しよう」という方向にこじつけた。

さてこうなると、1と2と3がすべて異なる方向の「見せ場」でできていることになる。いずれも全く別の問題を扱っており、それぞれにはそれぞれの必然となる4(オチ)が置かれて然るべきものだ。だが結局4はすべてのオチを折衷したものとして無理矢理1つに落とし込まれており、それで展開がよくわからないものになってしまった。

更に自分は2020年に入って序章と1章の改善を始めた。そうなると3章以降のストーリーの矛盾だけでなく、1章以前のストーリーとも整合性が取れるようにしなければならなくなる。そこで1を別の見せ場として新たに修正しなおさなければならなくなった。だがそうなるとこれまでの流れとはうまく合わなくなり、後続の2、3と話が繋がらなくなる。

こうなると自分の知能ではとても処理しきれない。いくら考えても無駄で、もうこれ以上この問題については考えたくなかったので、しばらくは開発を投げて頭の使わないゲームに逃げていた。

とにかくこの問題を解決するためには、1→2→3→4という流れを解体しなければならない。1,2,3,4それぞれを解体するばかりでなく、1,2,3それぞれの見せ場となる部分もそれぞれから分解する。その上でストーリーの方向性を時間の経過に平行して一貫させる必要がある。

まず大前提として新たに修正した1章の終盤を踏まえている必要がある。何のために主人公は2章の地に足を踏み入れたのか。その目的からすれば1は余計である。そこで1から見せ場の部分を切り離す。

話の目的からすれば2の場面が見せ場として適当である。だから冒頭はまずストーリー要素を省いた1から始まり、それが終わった直後に2を挟むことにする。この2は「1の見せ場」につなげるよう修正し、その後に3に繋がるようにする。

3は見せ場の部分が余計なので削除する。3は単にストーリーの整理の場として利用し、そのまま4へとつなげていく。これでおそらくストーリーとしては最低限の一貫性が保たれている状態にまで持ち込めた。

まとめると、話の流れは1→2(見せ場込み)→1の見せ場→3→4となる。3の見せ場は削除した。ここまで一貫性を回復できたことは奇跡に近い。数年前には思いつかなかった発想だ(とはいえこれが面白いかと言われたら微妙である)。

とにかく方針は定まった。あとは自然な演出を作っていくだけだ。実はこれも難しい。だが異なる時期に生み出されたストーリーの複合物に一貫性を取り戻す作業よりかは遥かに単純だ。方針が定まっていて、何をすべきかわかっている状態というのは、本当に簡単でありがたいことだと思った。