人生

やっていきましょう

663日目

今日NHK高校講座をテレビで見て、それがすべてネット上のNHKアーカイブスで無料で見ることができるということを初めて知った(現在テレビで放映しているのは去年の再放送ということらしい)。元々関心のあった世界史を見て楽しんでいたが他にも高校で受講しなかった科目もあり、今まで疎遠だった分野を知る良い機会になると思った。

www.nhk.or.jp

高校過程を学ぶのは今更かもしれないが、暗記のためではなく視野と関心を増やすためということを考えれば、今の自分には必要なものかもしれないと考えた。それに高校修了程度の知識理解度しか持たないと度々自虐している自分には、丁度いいレベルであるように思う。

今日自分は改めて歴史に関心があるのだということを実感した。文学部を出たときには人文学の実用性の無さに葛藤し、ついにはそれらが無意味でしかないと悟ってしまったが、そうした実用性という観点からでしか物を見られない自分を相対化するように、歴史は自分の興味を駆り立てる。

何が面白いのかと言えば、人が様々な思惑の元に何かを行動することで後世の関係勢力に思わぬ変化が生じるということだ。これは政治や軍事に限らず、むしろそれらを越境して文化や科学にまで変化をもたらすこともある。

例えば第一回目の世界史講座では近代サッカーが南米に強く根付いている理由を掘り下げていたが、そこには世界に市場を持ちたいイギリスの思惑と、西欧支配から独立しようとしたラテンアメリカ諸国の変動があり、それらが合致したことで結果的にイギリスの南米への文化流入を促すことになった。

文化流入という観点でインドとの比較も行っていたが、なぜインドではサッカーよりもクリケットが流行ってしまったのかという疑問にも答えていた。国民性ということもあるだろうが、むしろイギリスの文化的影響の与え方に違いがあるということに着目している。

ラテンアメリカ諸国には市場開拓という目的で参入しているため、(おそらく商人が文化の伝え手となり)道具を必要とするスポーツよりも道具をあまり必要としないサッカーの方が浸透した。一方インドはイギリスの直接的な植民地であるため、イギリスのスポーツ用具を持ち込んだ官僚や富裕層が文化の伝え手となり、そのまま道具を必要とするクリケットやホッケーが根付いていったとされる。

もし南米諸国をイギリスが植民地とし、インドを早いうちから独立国家として承認していたら、それらのスポーツ文化はまた違ったものになっていたかもしれない。そう考えると今ある文化はあり得たかもしれない未来のひとつであるということが実感できる。

もちろんそのような雑な空想だけでは歴史は語れない(実際に何が起きたか、それらがなぜ起きたかを確かな根拠を持って語る必要がある)が、自分はむしろ、こうした歴史の不安定な偶然的要素に強い関心を覚える。何かが狂っていれば生まれなかったであろう歴史の出来事が、同じように考えられた無数の可能性の中から、実際に起きたひとつの希少で平凡な事実としてその都度選択されていくことで、歴史というものが積み上げられていく。その感覚に自分は歴史の危うさというものを感じ、スリルがあって面白いと思う。

ところで自分は高校で世界史しか学んでおらず日本史についてほとんど何も知らない。中学の頃に一通り学習したが、ほとんど何も覚えていない。最近まではそれでもよかったが、近頃は大河ドラマにも興味が向いてきて(それが大胆な解釈である要素も多分に含まれているとはいえ)実際の歴史を知らなければ半分も楽しめないということに気づき始めた。

そこで今度は日本史についてNHKアーカイブスを使って学んでみようと思った。受験のような暗記の必要がまったくないので気軽に見ることができる。