人生

やっていきましょう

1240日目

世の中には歓迎される種類の人間がいる。彼らはそのために人生を謳歌している。しかし自分は明確に違う。どれだけ憧れや妬みを抱いたとしても、彼らとは考え方や性格が違う。

そのことがようやく分かった。自分は多数派の理想のために生きることに適していない。世間にとってではなく自分にとって最適な理想を追求すべきだった。先日自分が世間と繋がっていると思えていた最後の希望が消えた。もはや多数派の理解を自分は求めないだろうし、彼らに近づこうと無理をすることもないだろう。

世間一般の一員になるということが、自分にとって重い枷であったことは明白である。それが取れてからというもの、世の中に対する見方がかなり変わってきた。他人は自分に劣勢を強いる支配者ではなく、文化や慣習の異なる外人のように映る。

互いの合意が前提なのではなく、互いの無理解が前提である。その上でどこまで歩み寄れるかが問題となる。こうした考え方を持たなかったから他人に過度な期待をし、そうならないことに苛立ちを覚える。

外人と話すとき、自分の内面を理解してもらいたいとは思わない。言語の制約があり、少なくとも自分の意図が分かってもらえればそれで良いと思えてしまう。これは日本人に対してもそう考えるべきだ。