人生

やっていきましょう

1263日目

とにかく作者が自分の考えを押し付けたい、読者に説教したいのだとわかる作品がある。こうした作品は読んでいて面白くない。

自分もかつてはそうした考えを持っていた。とにかく自分の美的感覚の暴力で他を圧倒したいということが、ある種創作の動機であった。しかしこうした自己陶酔の作品というのは大抵、後々振り返って面白くないものである。それどころかこんなふざけた展開を最良のものと考えていた昨日までの自分に耐えがたいほどの羞恥を覚えるというのが常である。

作家の動機は何であれ構わないが、作品にそうした欲望が見え隠れすると途端にしょうもなくなる。自分は正しい、お前たちは間違っているという主張を自身の作品という仮想空間で息巻いている姿は見ていて滑稽だ。

こうした思想の持ち主が序盤に惨殺されるだとか、気でも狂って犯罪でも犯すというのならまだ面白くなる。この瞬間思想は作者から離れ、ひとつの個性あるキャラクターになるからだ。あるいはこうした登場人物に壁を与え、その人間の変容を描く演出も面白くなる可能性がある。いずれにせよ、見せ方によってそれらは展開を際立たせるはずである。

面白い作品とは何かということについて自分はまだ確証を得られていないが、地位や名誉やつまらないプライドからではない、純粋に面白いと思ったものを、連想のブーストをかけながら選り分けて混濁させたものが面白いものになると思う。作品を面白くするという一点を最優先にすれば、少なくとも自身の矮小な見栄などは障害でしかないと気づけるようになるだろう。