久々に自分のセリフを見て面白くないと思ったので、ふたたび面白さについて考えることになった。面白いか面白くないかというのは気分にもよるが、大体いつも面白くないという印象を覚える。こんなことを考えても仕方がないが、今考えられることといえばこれくらいしかない。
面白くなかった点について自由に書く。解決は目指していない。
●はじめにキャラクターが面白くない。作中には面白いキャラクターがいくつか存在する。それに比べて今扱っているキャラクターはまったく面白くない。面白いキャラクターというのは面白要素を与えるという明確な方向付けがある。しかしこのキャラクターにはない。厳密にはあるものの深堀りされていない。同様にキャラが定まっていない登場人物が作中に多く存在し、これらが物語をつまらないものにしている。
●言葉が多すぎる。語らずに見せるということがまったくできていない。窮屈に感じる。言葉以外の演出に頼ることを恐れてはならない。
●思考の癖。計画を立てずに見切り発車で自由に物語を考える。直感の連鎖が始まれば勝手に面白くなる。しかしそうでない場合、面白さには再現性がない。
●言語化する必要はないが、自分がここで何をどう演出したいかというイメージを常に持つようにする。これが欠落したものは総じて面白くないから、面白くないと感じたらまずこの問題にあたってみる。
●自分は自分の作品をつまらないと思う。しかしそのつまらなさというのは現状の追認でしかない。この自覚がないためにつまらなさが不変であると思い込んでしまう。「つまらなさが不変である」と書くとまさかそんなわけがあるかと思ってしまうが、それを何かに書くわけでもなく、自分に対して明白にならないうちは「つまらなさが不変である」という前提が既に自分の意識を支配しているということに気づきにくくなる。現状追認をするだけでは物事は解決しない。全体像がつかめないまま、わからないままであってもとりあえず書いてみる。これは失敗しそうだなとか、面白くなさそうだなと思っても形にする。何であれ形になってしまえば自分に対して明白な答え合わせができる。