人生

やっていきましょう

174日目

自分の部屋について記録する。以前どこかで書いたような気もするが、気のせいだと思う。

東の角には高校の頃のベネッセの英語教材が山積みにされている。その下は布で覆われているが、模擬試験の問題用紙が積まれている。紙の間から大学の新歓で貰ったパンフレットが顔を出す。インカレサークルの面々が、こちらに向かって笑いかける。そしてそれらを踏みにじるかのように山岳用のザックが放り込まれている。

南の角には使わないクローゼットがある。丁度隅に嵌りこんでいて、もう何十年も前からそこにある。木でできた扉の前には布団の山がある。こちらはベネッセや模試の比ではなく、特に顕著な峯の一角である。この山があるおかげでクローゼットは開かない。記憶が正しければもう5年以上は開けてない。その隣には漫画が山積みされている。のぞき込むとそこにはカイジ利根川宇宙兄弟がある。宇宙兄弟は兄貴が月に来たところで買わなくなった。あれからどうなったのかはわからない。

模試と布団の間に机がある。だが机といっても、ほとんどモノで埋め尽くされている。前方の棚には本がぎっしりと並んでいるが、高校の参考書や英語辞典、中学のクリアファイルなど、ほとんど今の自分には関係ないものだ。机の右側は大量の筆記用具が投げ捨てられたコップが2つ、そして英米詩の本とドラえもんギャグマンガ日和の下に三四郎ヴェニスの商人、白鯨が積まれてある。その物影に自動鉛筆削り器があるが、これも10年程使っていない。

そして左側にpcを置いている。pcといってもノートパソコンだが、外見がほとんど壊れている。ノートパソコンは液晶画面と保護ガラスがセットになっているが、保護ガラスが取れそうになっていて、あわててテープで止めた痕跡がある。付属のキーボードはOとNを入力するキーが壊れていて、そのふたつだけのためにUSBキーボードを用意した。だが机が狭くキーボードを置くスペースがあまりないので、膝の上で打つことがしばしばだ。

机の右側に布団の山があるが、その下の断層が隣から見えるようになっている。布団で覆われているから一見分からないが、この山の正体は段ボールだ。段ボールには中学高校のプリントと大学のプリント、それから漫画の山が入っており、容易に動かせない。下手に動かせば雪崩が起こるだろう。段ボールは奥に無数にあり、それによりようやく布団を根底から支えている。

北東、つまり机の左隣には、巨大なタンスがある。主に服が入っており、動かすことができない。このたんすの上には小学生の頃の写真が置いてあり、寡黙で情緒不安定だったという自己診断に反して、クラスメイトと大声で笑っている自分の姿がある。この写真がいつからそこにあるか分からないが、明らかに今の自分とは異質な存在である。そして部屋に入るたびにこの写真を何度も何度も見せつけられる。

その奥には模試の問題用紙が山積みされているが、更にその上に金と銀、その横に北斗の拳が山積みされている。どちらも全巻あるため、一度手に取ると全部見てしまう。そういう意味でAKIRAがそこにないのは幸いだった。一度読んだ時の没入が桁違いなので、作中のアキラ同様段ボールの奥深くに封印している。

北東のたんす、東の模試の山とザック、南東の机、南のカイジ宇宙兄弟、そして布団の山が、ちょうど凹凸の凹を90度回転させた形になっている。その凹んだ部分に椅子が入り、丁度その部分が埋まるといった具合だ。

南西から北西にかけては、ベッドが置かれている。ベッドはクローゼット、布団の山の次に来る。この3つで丁度部屋の側面は埋まる。ベッドの頭上には読んだことのない岩波書店やいかがわしいアメリカの自己啓発本、それにハンターハンターマスターキートン、それに加えて英単語帳がある。いつか片付けようと思って片付かなかった本達だ。最近はそれらを見ることもないのでほとんど背景と同化している。ベッドの下には中学のプリントが山積みされている。

中学の頃のことをあまり思い出したくない。特に勉強面については。とにかく勉強が嫌いで、ゲームに逃げていた。そのくせ自分は賢く優れた人間であるような気がしていた。巷でよく言われる通り「本気を出せば自分は勉強できる」と思い込んでいた。だがそれを証明するために茨の道を4年苦しむことになる。それも、何かの偶然で5年や6年になることも十分あり得た。本気を出せば自分にはできると軽々しく言わないほうがいいという教訓になった。

北北西には布で覆われた棚と段ボールの山がある。布の裏には予備校の参考書がぎっしりつまっている。これらは浪人した頃に使っていたものだ。一般的に浪人する際には予備校が最も適していると自分は思っている。なぜなら予備校は金を対価に目標までの道筋を提供してくれるからだ。大手であればあるほど、その実績は十分ある。自分で道筋を考えることがいかに困難かということを考えると、外部から道筋を与えられ、バカみたいにそれだけを復習というのは至極簡単に思える。

レールに敷かれた人生というのは簡単だ。なぜなら、与えられた道筋を咀嚼し模倣するだけでいいのだから。自分もある時期までそのレールの上にいた。そしてレールの上で強い人間になった気になっていたが、そのレールが存在しない領域に振り落とされ、自分がいかに弱い人間であるかを知った。そして自分の頭で考えて行動することがどれほど難しいことかを知った。

北には液晶画面がある。その下にはゲームがある。だからベッドに座ってゲームをするというのが常になっている。ベッドがあまりに堅いので臀部を痛めることがしばしばある。その時どうするかというとケツの穴を思いっきり絞める。そうすると臀部の筋肉がほぐされて痛みが緩和する。1日の大半をそこで過ごす。記録をつけるために机に移動するか、食事をするか、外出する以外はずっとそこに臀部を敷いている。

予備校の参考書とテレビの間に扉がある。この扉が自分の部屋と外の世界を隔てている。厳密にはさらに奥のいくつかの通路を経て玄関まで経なければ外界とはいえない。だが自分にとっての外界の象徴は、まさにこの扉である。この扉を一歩出たら自分は社会的生活を歩む規範的人間でなければならないという自覚を持つ。とはいえ、思っているだけで実際にそうはしていないが。

自室のほとんどがものに埋め尽くされている。東の方は凹と椅子があり、南はベッド、北はタンスと液晶画面がある。スペースといえるところはたんすとベッドの間だけである。それだけしかない。明らかに狭いと感じる。自分が上京していた頃の部屋はワンルームとはいえ果てしなく広かった。この何倍も広かった。今まで自分がこの部屋に来るのは実家に戻って寝るためだけであって、明らかに生活するためではない。にもかかわらずこの部屋はかつてのまま残っている。ここだけ時間が停止しているようだ。

この環境が1日のすべてを作る。この環境が生み出した「行動しやすさ」が生活の傾向を形作る。たとえばベッドの前に液晶画面とゲームがあるために、起きればすぐにゲームをしようという気になる。ゲームは片付けないのでそのままボタンを押すだけで起動する。これが目の前になかったら、一歩立ち止まって読書にでも向かうかもしれない。

あるいはこれほど狭いスペースで過ごしているために、何か活動しようとする気にすらなれていないかもしれない。どう見てもただ寝るためだけにある部屋なので、他の目的のために設計されていない。この環境が生み出す自分の生活の傾向は、ゲーム、記録、そして睡眠だ。それ以外の何も機能していない。

先日触れた通り、こうであるべきものは何もない。自分が動かそうと思えば動かせられる。ひとつひとつ点検すれば環境は容易に変えられる。だが変えられるのは漫画くらいで、漫画と段ボールを全部外に出したとしても、隅の余白が空くだけだ。タンスとクローゼットをどうにかしなければ根本は解決しない。

そういうわけで半ば諦めの心境で自分の部屋を眺めている。だがこれらをどうにかしなければ自分の行動しやすい行動は一生変わらないだろう。