人生

やっていきましょう

215日目

今日は開発に中断して記録をする。

精神的に不安定になっている。自分はこれまで生活習慣を整え、新たな課題に積極的に取り組んで自信を取り戻そうとした。そのおかげで初めて心に小さな安定が生まれた。

だがそのことで自分は更に絶望した。自分が安定したことで、今まで自分の視野になかったものが見えるようになった。それらが工夫次第で手に届くものであるということを今まで自分は知らなかった。

例えば人は家具は買うことができる。自分の手元に金があれば服や髪を変えることができる。美味しい料理を食べることができる。本を買って読むことができる。それらを躊躇う理由はどこにもない。まさに自分が、自分のためにそれらを得ることができるのだ。自分の動機に従って。

また人は会話ができる。会話によっては人を惹きつけることができる。状況をうまく誘導することができる。また自分の価値観をそのまま口に出すことができる。人と人が関係性を構築して誰かと協力することができる。人と付き合うことができる。

そして自分はどこにでも行ける。実家に縛られる理由はなく、東京に戻ることもできる。関西の方に出てもいい。また、金を貯めれば海外に出ることができる。語学を頑張れば定住できる。30代までならワーキングホリデーを利用できる。

つまり、自分の精神の安定とともにあらゆる現実的な選択が可視化されるようになり、これまで10年間全てを諦め呪い続けてきたこと、人生は自殺を踏みとどまるに足るものかを考え続けてきたことは甚大な機会の損失であったということを認めざるを得なかった。それで絶望したのである。

10年間の苦しみの果てに見出したのは、あらゆる問題、行動、モノの価値はすべて無意味であり、その意味で等価であるということだった。こう結論づける前に自分が何かの価値に可能性を見出していたら良かった。そうすれば自分はもっと真っ当に生きられた。自分の価値観を守ることができた。その後悔で胸が苦しくなる。

自分は今現実的な選択が見えている。そしてそれが可能だと思っている。理想的な状況だ。だが行動に移せない。リスクを恐れて、というよりは動機がないからだ。動機は等価な選択の前には発生しない。他を圧倒するような強烈な欲求、これがなければ何かを選択することなどできない。

今からそう思い直せば良いかもしれない。だがそれをするにはまだ不十分だ。自分はまだ精神的に挫折する前の状態を引きずっている。もう少し自分を構築し直す必要がある。