人生

やっていきましょう

自分が劣等感を抱くとき、あるいは今の自分が本来の自分ではない、本当の自分はこんなものであるはずがないと思うとき、その妄想とは裏腹に自分はまた別の冷めた認識を持っていることに気がつく。すなわち自分の人生は始まってなどおらず、それはこれからも変わらずそうだということだ。

何度でも繰り返して言う。自分の人生は初めから開かれてなどいなかったし、これからそれが変わることもない。自分が何か失われたような気がして、それが自分にとってこの上ない苦痛のように感じていたが、そもそも自分ははじめから人生が開かれてなどいなかった。

自分ははじめから何も失っていなかった。既に人生が失われていて、自分が抵抗と克服には何の意味もなかった。自分ははじめから今まで人生に歓迎されていなかった。自分に生きよと命ずる直接の理由がなかった。

野球選手が野球のことを、棋士が将棋のことを考え、それを我が身に求めることを必然と捉えるような、強烈な意欲と感情が存在しない。それが自分には苦しかった。自分が自分の主人であることができないという苦しみに、今もなお振り回されている。