人生

やっていきましょう

体調を崩して今日は何もできなかった。無理して続けるか悩んだが中断することにした。開発は明日に回す。

昨日までは思い切った変更を加えてやろうと意気込んでいたが今日の自分は臆病だった。どこか変化を恐れていて自信がなかった。精神も不安定だった。

またしても自分のアイデアがクソだと思い始めた。ただ本当にそう思い詰めているわけでもなく、要領を掴みかけているのに見えてこないことにいらだっている。

十分な思慮とそれを存分に飛躍させるだけの速度を求めている。一行でそれがすなわち笑いになり、それが淡々と続くことでくだらなさが増すような笑いだ。

自分の笑いに必要なのは言葉の具体性と類推力だ。単にお前は異常者だと言うより、サイトー先生は私よりも君にセラピーを受けて欲しいと言うだろうな、と言う方が面白い場合がある。この一言だけで①サイトー先生は精神科医②話者は彼のセラピーにかかっている(という自虐)③お前はそれ以上の異常者、という3つの情報を詰め込むことができる。またこうした会話の中だけに出てくる名前だけのキャラクターを、話者と聞き手の会話の中で(特に聞き手の精神の異常性を皮肉るために)何度も登場させれば、それが話者の話の独特の個性となって面白くなる。このサイトー先生という具体名が話者の背景の奥行を広げる。また異常者と呼ばれる人間が実際にどのような問題を抱えていて、どう表現すればそのケースと同型のパターンに置き換えることができて、そのしょうもなさを当てこすることができるのかと考える類推力が、皮肉をより洗練させる。

言葉の具体性と類推力を上げるために何ができるか。ひとつは知識を知るということだ。相手が言われたことしか処理できないロボットみたいな奴だと皮肉ろうとしても、自分はロボットの処理について全く何も知らないから皮肉ることができない。架空の人種に基づく差別を考えようにも、実際人種差別がどのような文脈で行われ、どのような論点で問題となってきたかを知らないので言及が浅はかになる。学びは自分が最も苦手とすることだが、そこまで深い知識を求めるのはまだ自分の実力に見合っていない。まずはwikipediaやchatGPTを利用することである程度対処できるように思う。言葉の類推についてだが、目の前にあるものからパターンを引き出し、それと類似するものを持ってくるという洞察力が必要になる。この洞察力を高めるには日ごろから似たパターンを関連づけておく癖をつけておく必要がある(特にそれがくだらないものであれば尚よい)。

こんなことを続けているが本当に面白いのか分からない。どれもクソに見える。ただたまに面白いものがあって、それと遭遇しやすいのがこのやり方なので続けている。多分それは間違いではない。

今日は早めに寝る。明日から再開する。