人生

やっていきましょう

243日目

再び習慣1日目。今日も問題なく習慣をこなすことができた。昼食に多少不安がある。朝と昼が近く十分だとはいえない。活動時間を午前に振り、その分夜更かしを無くす試みは未だ成功していない。起きる時間が遅ければ遅いほど、寝る時間も遅くなる。

今日は運動に新たなメニューを追加した。腹筋運動10回*2だ。軽い思いつきで特に選んだ理由はない。1つくらい負荷をかけてもいいころだと思っていた。

腹筋運動をしてまず驚いたのは、起き上がる力が思った以上に弱っていたということだ。1秒半くらいかけて起き上がり、同じ調子で戻るということを繰り返していた。さすがに初めての試みで体が慣れていなかったようだ。また無理な腹筋運動をしたことで腰を痛めてしまった。wikipediaにも腰痛を招く可能性が示唆されており、不注意だと思った。腰を痛めない腹筋運動はないか探してみる(そもそも腰を鍛えて克服すればいいのではないかとも思う。ハードな運動でなくても腰を鍛えるトレーニングを持続すれば多少の負荷は耐えられるのではないだろうか。腰のストレッチに関して詳しく調べてみる)。

ところで今日はランニングを2回行った。1度目は昼に、2度目は運動の直後の夜にやった。いつものコースだ。昨日は一昨日の疲れで何もできなかったが、今日は問題なくできた。ランニングをすることにもはや抵抗がない。2度目にすることを面倒だと躊躇いはしたが、できなくはないのでやってもいいかとあっさり実行することができた。

この抵抗の無さが重要だ。現時点で何をなすべきか分かっていて、それが自分の実力によって確実に行うことができる場合、抵抗はほぼ発生しない。ここに動機付けが加われば更に抵抗はなくなる。そのひとつの完成形がランニングだ。すべての物事がこのようになればいいと思う。模範にしたい。

習慣についてはこれくらいでいいだろう。つぎに自分の頭の中を整理する。

何度も言及したことだが、自分に関わる選択の決定権は自分にある。このことを自分は改めて認識している。自分が有利になる選択を自分は選んでも良いし、不利になる選択を拒んでもいい。他人であれ、状況であれ、あるいはモノや価値であれ、いかなるものにも自分が翻弄される必要はない。それらを拒絶することが自分にはできる。

自分で考え行動することを繰り返していくうちに、徐々に自分の意思決定が自分のものになってきている。他人がどう思おうが、まずは自分の意思を優先させるようになっている。自分は自分の判断に従って物事を識別する。それを崩すにはできるだけ合理的な理由がなければならない。

とはいえ現時点では虚勢にすぎない。自分の力量もまだ足りない。不安は当然あるし、不利な要素をうまく払うことができていない。だがそうであっても、自分の意思を守るためにこれからも戦っていく必要がある。そうすることで自分は自分を確立できる。

 

(とはいえ、これらの考えを妄信することはできない。エゴイズムに率直になることで、誰かにその分の負担を強いることになる。その点については十分注意が必要だ。抑圧されすぎたエゴに耐えきれず、今度は反動で攻撃的な人間になることも十分考えられる。かつて一度そのような傾向が露わになったことがある。自分にとっては抑圧が自明の状態であるとしても、それを緩めるときには、抑圧とは理性と本能の緊張状態の上にあるということを十分自覚せよ)