人生

やっていきましょう

1070日目

葬儀からしばらく経ってようやく自分の考えに注目することができるようになった。それまで何をしても従兄弟に申し訳ないという気持ちで生きてきて、何を考えても上の空だった。

それは喪失感や悲しみといった感情的な問題ではない。何を考えても身近な人間の死と関連づけてしまうという問題だった。

例えばゲームをしている時に、昔彼とこういうゲームをやっていたなと考えてしまう。あるいは自分が生きていることについて考えはじめると、必ず従兄弟の死が頭をよぎる。

もっと言えば、ゲームのキャラクターが死んだと言う時、あるいはネットの動画か何かでキャラクターがコミカルに死ぬ様を見てゲラゲラ笑っている自分に気づいた時、自分は何てことをしているんだと思わずにはいられなくなる。身近な人の葬式をつい先日に執り行ったというのに。

しかしそこまで自分を死と関連づける必要もないだろう。東日本大地震の頃にも見られたが、たとえそれが痛ましい出来事であったにせよ、過度な自粛を行うべきではない。なぜなら自分達には自分達の生活があるからだ。

自分は次第に自分のペースを取り戻しつつある。しかしそれを従兄弟に対する裏切りと考えるべきではない。自分は普段通りの自分に戻れば良い。それは弔いを反故することと両立しない。